19世紀後半から20世紀初頭にかけて、フランス軍の体育・身体教育の中心であったジョアンビル学校(École normale de gymnastique et d'escrime de Joinville)は、兵士の身体能力と指導者育成を目的とした教育機関であった。
このジョアンビル学校で教えていた運動の教範が入手できたため、これを読んでみた感想をここに記載する。
私が読んだ教範では、体操教育は
- 柔軟体操
- 応用体操
- 水泳
- Boxe Française
- Bâton et Canne
の五部門に分かれていた。
興味深いのは、Boxe Française や Bâton et Canne が体操や水泳と並ぶ身体教育科目として位置づけられていることである。
教範を読んでまず驚くのは、その軍隊的な運用方法である。
訓練は10~15名のグループで行われ、そのグループには
- 指導員を配置する
- 2列に整列する
- 4歩の間隔を空ける
といった細かな規定がある。
また、礼、攻撃などの動作については
- 1テンポ
- 2テンポ
- 3テンポ
と細かく区切られており、指導員の号令に合わせて全員が同じ動作を行う。
現代の格闘技ジムのように個々の選手の技術向上を目指すというより、
**集団に対して統一された身体操作を教えるための教練**
という印象を受けた。
教範のカリキュラムも興味深い。
まず、攻撃や防御以前に、
- 構え
- 前進
- 後退
を学ぶ。
続いて、
- 単独技
- 複合技
を学び、さらに
- 攻撃
- 防御
- 反撃
へ進む。
そして最後に 組手である Assaut が置かれている。
つまり、「試合のために練習する」のではなく、「身体操作を学んだ結果として Assaut を行う」という構造になっている。
教範には対人練習も存在する。しかしそれは現代競技の自由組手とはかなり異なる。
それまで学んできた課題を対人で行うことで、
- 攻撃
- 防御
- 反撃
を順番に行う約束組手が中心となる。
また 自由組手 Assaut においても、
- 攻撃は両選手が交互に行う。片方の者が連続攻撃をしてはいけない。
- 防御してから反撃する
- 同時攻撃(coup fourré)は禁止
- 当たったら「Touché!」と自己申告する
ことが求められる。
特に印象的だったのは、
> 同時攻撃は危険であり、生徒の判断力不足を示す
という記述である。
これは競技規則というより教育目標そのものだろう。
また、攻撃は両選手が交互に行い、防御してから反撃する、というのは現代のCanne de Combat のPriority のルールの原型とも思える内容である。
さらに興味深いことに、Assaut の規定には勝敗についての記述が見当たらない。
- 当たったらポイントが得られるのか
- 試合時間はどれくらいか
- そもそも勝ち負けがあるのか
といった記述はない。
あるのは、
- 正しく攻撃すること
- 正しく防御すること
- 正しく反撃すること
- 危険な行為を避けること
だけである。
少なくともジョアンビルの教範において、Assaut は競技ではなく教育演習であったように見える。
ジョアンビル学校における Boxe Française や Bâton et Canne は、少なくともこの教範を読む限り、
**兵士に近接戦闘術を教えるためのものではなかった。**
むしろ、
- 姿勢
- リズム
- 身体操作
- 判断力
- 規律
を養うための集団運動教育の教材だったと考える方が自然である。
Assaut は存在する。
しかしそれは勝敗を競う試合ではなく、教育課程の集大成としての演習であった。
Canne の競技化が行われるのは、この時代から少し後、20世紀のはじめとなる。